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デザイナーの流儀 〜店舗デザインのプロに聞きました〜

問い

注目 店舗デザイナーの考え

last update:2018-10-24 17:06:42.0

日本から海外へ配信したい、店舗デザイン・建築・プロダクト・モノはありますか?

海外からの旅行者が年々増えてきている中で、様々な店舗や建物を含めデザインを目的に観光をされる旅行者も多くいます。
その中で日本から海外へ伝えたいデザインや文化について、デザイナーの視点から回答して頂きました。

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  • 岩本 勝也 (デザイナー) 2018-10-24 17:06:42.0投稿

    流儀

    携帯で瞬時に何でも調べれる時代だから日本人より日本を
    理解してる方が多く居るのも事実で. . .
    日本人が知らない場所やお店に外国人観光客が溢れています。
    まず、日本人が日本のコトを客観視して、グローバルな視点で
    情報としての配信だけでなく. . .
    生き方までに美意識のある日本人の価値観を伝えられたらと思います。
    その上で日本のデザインを海外戦略としてリブランディングする
    時期に来ていると思います。

  • 遠田 貴洋 (営業 施工管理) 2018-10-23 20:35:20.0投稿

    流儀

    日本から海外に向けて発信したい物は多くありますが、中でも職人さん達の技術力の高さは抜きに出ています。
    海外のデザイナー様と仕事をさせて戴く機会があった時に海外の店舗と同じ様な仕上げを希望したいから「日本の職人さんは技術力が高いので少し雑にやって欲しい」とびっくりする様な事を言われた経験があります。
    それぐらいに日本の職人さん達の技術は高いと言う事だと思います。
    現場にしてもミリ単位の施工精度を求められるのは日本だけと伺った事もありますし、集中して作業をしている時間の長さも他の国に比べたら長く作業をされていると思います。
    海外のデザイナーさんが口に出して言うぐらいですから、日本の職人さんの技術力は世界に誇れると感じています。

  • 匿名さん 2018-10-23 09:54:02.0投稿

    流儀

    日本から海外へ配信したいのは、日本らしさです。京都が変わらず人気だったり、新宿ゴールデン街に海外からのお客様が増えていたりしています。私たちが海外に行ったとき、その国でしか見られないものをみたり、食べられないものを食べたりしたいように海外の方も日本でしか経験できないことに魅力を感じるのではないでしょうか。

  • 秋葉 達雄 2017-09-19 11:04:39.0投稿

    流儀

    日本の技術で特に世界に発信したいものは、
    「施工技術」です。

    海外の一流ホテルや店舗でも、
    施工が荒いなと感じる事が多々あります。

    ガラスの間を繋ぐコーキング(接着剤)やドアの建て付けなど特に荒さが目立ちます。

    日本人特有の繊細な感覚で、お客様の目が厳しく
    (クオリティーに対する基準が高い)
    それゆえ、培われてきた職人の技術は世界一といえると思います。

  • 吉本繁樹 (デザイナー) 2017-05-18 08:57:44.0投稿

    流儀

    時を経て脈々と受け継がれてゆくモノ・コトの全てですが、中でも「和食店」は最も海外に伝えたいモノの一つです。長く愛されるお店は、料理人の技術と、お客を迎えるホスピタリティの両面を備え持っています。そんな成功店には、経営者の理念を発展させ魅力的な空間を創造する有能なインテリアデザイナーの存在も欠かせません。味・サービス・空間、この三要素が絶妙にバランスしている「和食店」こそ海外に発信すべき日本の文化だと考えます。

  • 田中稔郎 2017-04-25 17:53:20.0投稿

    流儀

    元来、日本独自の文化は、氷河期から温暖な気候への変化とともに現れた、豊かな森林での生活に始まっていると思われます。縄文時代と呼ばれる、一万年以上に亘る森林中心の生活の後、水耕栽培の始まりで平野中心に住むようになってから、まだ3000年です。

    森林での生活は、多種多様な生命との共存であり、外なる生命の力は脅威であるとともに、物質的恵みであり、知の根源である、という関係性が脈々と続いてきたのでしょう。私たちが「自然」と呼ぶとき、イメージするのは、外なる生命の宝庫としての森林の姿ではないでしょうか。

    その森林の中で、自然のままに暮らすことへの憧れは、ずっと日本人の中に生き続けているような気がします。だから、日本の建築は、障子というやわらかい紙が内と外の境をなすようにつくられ、障子を開け放つと内から見る外は、まるで柱と梁によってフレーミングされた絵のように見えるようにつくられました。内にいても、主役は外であるかのように。

    また、構築的なものに対する反感も日本の文化の特徴だと思いますが、これもこうした外なる生命との共存から来るものだと思います。下剋上の時代に始まった茶道の「侘び寂び」は、明らかに構築的であることとは逆のベクトルを美しいものとして尊ぶコンセプトです。利休の茶室は、つくられるごとにどんどん精神性を高めていき、そのまま行けば自然そのものにたどり着いたのではないか、と思われます。

    森林の生活から遠ざかった私たちが、現代では失ってしまった力というものも少なからず存在したかもしれません。私たちが取り戻さなければならない価値のあるものが、そこにはあるような気がしています。

    きっと、その大切なものの価値は、日本だけに必要とされているものではないでしょう。世界に向けて配信したいものは、外なる生命と通じ合うための日本的な手法ではないでしょうか。